奄美大島とは

 

九州南方海上、鹿児島市と沖縄本島のほぼ中間に位置する亜熱帯性気候の島。

アマミブルーとも称される透明度の高い青い海や、ウミガメが産卵に訪れる砂浜、太古の森のようなイメージの原生林が広がっており、大島海峡沿岸、ホノホシ海岸などの周辺海域や湯湾岳などの山地は奄美群島国立公園の一部となっています。

特に南部の自然は豊かで、希少な生物も多種見られます。2021年7月26日に動植物の多様性が認められ、徳之島、沖縄島北部及び西表島と共に国内5件目の世界自然遺産として登録されました。

この生命がにぎわう豊かな島で暮らす人々は、自然に寄り添い、人と人のつながりを大切にする独自の文化を築いてきました。日本文化を基盤としながら、琉球国統治時代に琉球文化の影響を受け、さらに長く続いた薩摩藩統治時代に鹿児島文化の影響を強く受けながら育まれてきた独特のものです。特に、奄美大島紬、八月踊り、島唄(民謡)、ノロ制度などの伝統文化が知られています。また、奄美方言や郷土料理も独特で、自然との深い関わりが文化にも表れています(=環境文化)。

亜熱帯の自然環境に適応して、芭蕉布や大島紬等の染織文化が発達しました。特に大島紬は、奄美大島の基幹産業として国内外に知られています。
大島紬の起源は定かではないが、養蚕の適地である奄美大島では、古くから絹織物が作られていたようです。

江戸時代初期は、自家用として島民が着用していましたが、1720年(享保5年)頃、薩摩藩より『紬着用禁止令』が出され、大島紬は薩摩藩への貢物として作られるようになりました。

この頃は江戸の街でも粋な人が着る高級外出着として流行したようです。

織物の特徴としては絹100%で織る前に糸を染める先染めという工程を行い、手織りするというもの。糸を染めるため染料はシャリンバイの木の煎汁液と鉄分を含む泥です。

明治中期以降には自由な売買が盛んになり、市場で人気を博しました。昭和に入ってからは終戦後、再復興し昭和50年代頃まで基幹産業として発展しました。母親が紬を織って子どもを大学に通わせることができるほどの収入を得る時代がありました。

培われた技術は細々と受け継がれてきましたが、現在は後継者不足の問題の影響で反物の生産は落ち込んでいます。

<食>

古い時代にはリュウキュウイノシシや海亀、魚介類を食料として暮らしてきました。15世紀頃に中国・沖縄から豚やヤギを食べる習慣が伝わりました。

奄美大島の料理は豚料理が多いのが特徴です。正月に屠殺した豚は1年をかけて丁寧に食べられました。

薩摩藩統治時代には、鹿児島の料理の影響も強く受けており、代表的郷土料理として知られる「鶏飯」は、諸説ありますが薩摩役人をもてなす料理ともいわれています。

島の暮らしにはナリ(蘇鉄)味噌やミキ(サツマイモと米を発酵させた飲料)など独特の食べ物も欠かせません。

また近代になってからは黒糖を使用したお菓子類や奄美群島でしか作ることを許可されていない黒糖焼酎、パッションフルーツやマンゴー、たんかんなどのトロピカルフルーツも魅力の一つです。

<住>

奄美大島・徳之島・加計呂麻島等を覆う森林は、古い時代から船や住宅の材料として利用されてきました。

今日、自然保護の観点等から難しい局面を迎えていますが、林業も、戦後まで隆盛をきわめていた伝統的産業です。

隆起サンゴ礁で森林がない喜界島・沖永良部島・与論島に対して、亜熱帯多雨林の照葉樹林で覆われている奄美大島・徳之島は、琉球国統治時代から造船業が重要な位置を占めていて、建築業も独自の発達を遂げてきました。

特に、幕末以降、楔を使用して釘を使わず組み立てる現代のプレハブ住宅に通じる民家建築技術が確立(ヒキモン構造と呼ばれています)、奄美群島全域に普及しました。

奄美市には、国指定重要文化財の「泉家住宅」、国指定登録有形文化財の「薗家住宅」「旧安田家住宅」があります。奄美市立奄美博物館の敷地内にも、古民家と高倉が移築されています。

<芸能>

「八月踊り」と呼ばれる伝統的踊りが、各集落で行われているほか、「シマウタ」と呼ばれる独特の唄があり、若い世代にも人気があります。奄美群島の伝統的音楽文化は、与論島・沖永良部島が「琉球音階」が用いられるのに対して、徳之島・与路島・請島・加計呂麻島・奄美大島・喜界島が本土民謡等と同一の「律音階」が用いられています。

また、昭和初期から復帰前後まで盛んに作られた「奄美新民謡」は島の歌謡曲として群島内で親しまれていましたが、復帰後、日本全土でも流行し、昭和38年のNHK紅白歌合戦では奄美を題材とした曲が4曲も歌われることになりました。
「田端義夫/島育ち」「朝丘雪路/永良部百合の花」「三沢あけみ/島のブルース」「仲宗根美樹/奄美恋しや」

八月踊り

地域の祭事などで踊られる伝統的な踊りで、チヂンという太鼓に合わせて行われます。集落ごとに異なる踊りや歌が伝承されています。

奄美大島紬

泥染めや絣柄など、独特の技術とデザインが特徴です。世界で最も緻密な織物としても知られています。

島唄(民謡)

労働歌や伝承が歌詞になっているものなど、様々な島唄があります。集落ごとに伝わる唄や、即興で歌詞を紡ぐ唄遊びも特徴です。

自然との関わり

奄美大島では、山(カミヤマ)と海(イノー)が神聖な場所とされ、人々は自然の恵みを大切にしてきました。自然を神々の領域と捉え、自然との関わりが深い文化が育まれてきました。

ノロ制度

琉球王朝時代に始まった、神々を招き、祭り事を司る制度です。現在でも各地で続いている行事や芸能が伝承されています。

郷土料理

豚料理が多いのが特徴で、鶏飯、油そうめん、ワンホネなどが知られています。

奄美方言

日本語とは異なる独自の言葉遣いが存在します。例えば、「私」を「わん」と呼んだり、「私たち」を「わーきゃ」と呼んだりする他に、「私と聞き手の二人のみ」を指す「わってぇー」という表現もあります。